気づけば、デイリーがしんどくてゲームをやめた話から一年が経とうとしていた。
ああいう愚痴みたいなものはやはりインターネット上のコンテンツとして”力”を持っているようで、人に見せるものではないと言い訳をして駄文を年に数回書くだけのこのブログにも流入がある。SEO対策もやっていないというのに。

あの記事を書いたとき、自分は「別にゲームが嫌いなわけじゃないよ!」と主張したい気持ちもあって、やめるゲームとやめないゲームをそれぞれ提示した。「デイリーがあってもやれるゲームはある」と主張したかった。
結果として、全部やめた。どのゲームも続かなかった。
それは多分、デイリーが原因じゃない。
ゲームができない本当の理由を探る
2025年2月というのは、ゲームをやめるにはちょうどいいタイミングだった。なにせ、就職を控えていた。研修がだいぶ忙しいと聞いていたので、ゲームを悠長にやっている暇はないだろうなと思っていた。
デイリーが面倒というのは本心だ。ただ、就職してデイリーをできなくなったら喪失感も大きいだろうと思って早めにやめた、というのが実は理由の八割くらいを占めている。とはいえ、あの記事に書いたゲームを結局全部やめてしまうとまでは思っていなかった。研修が終わったら戻れるかなとか思ってたら全く戻れなくて驚いている。
その本当の理由は、誘われて『崩壊:スターレイル』を再開したときに分かったような気がする。
ソシャゲってムズい
崩壊:スターレイル(以下、スタレ)のバージョン3系のストーリー(オンパロスの話)が終わったので、これを期に友達にストーリー進行を付き添ってもらいつつ進めるということになった。まあ要するにストーリー初見の反応を友だちに見せる道化という役回りなのだが。
さて、ソシャゲを放置すると溜まるもの、ストーリー以外でなんであろうか。答えは簡単、イベントである。それも常設の。
ちょうどそのとき、『マネーウォーズ』というイベントが盛り上がっていた。復帰したてで石も枯渇し、イベントにすがりついてなんとか石を確保したいところだったので、それをやることにした。このイベントについて本当に簡単に説明するなら、通常のターン制バトルに加えてデッキ構築要素を加えたゲームという感じ。キャラの育成具合は問われないが、シンプルにデッキの構築に頭を使う。
楽しそうだ。しかし、よくわからない。
そもそも、スタレのゲームシステムがまずムズい。ただのターン制ではなく、割り込んでいろいろ攻撃を発動できる。そしてその攻撃というのもキャラごとにいろいろあり、攻撃の価値を上げることができるバフのため『遺物』や『オーナメント』といった装備品をつけていく。この装備品はステータス(攻撃力%とか会心ダメージとか)メインステータスとサブステータスを持ち、キャラによって望ましいメインステータス・サブステータスが違う(このキャラ必殺技で会心率が底上げされるので会心率をステータスに持つ遺物は不要、みたいな感じ)。自分はキャラのステータスが何度見てもよくわからないので、当然自分で何を装備したほうがいいかというのもわからないし、Wikiと友人の情報以外で装備を変えたことはない。なんと情けない。
普通に戦っているときは手持ちキャラ4人分のことだけ考えていればいいが、マネーウォーズはほぼ全キャラが使える。そしてバフの考え方も、そのゲーム専用の装備品だったり所属陣営の共鳴だったりみたいなバフが入るため全部考え直さないといけない。そうなってくるともう頭はパンパンで、余裕がなくなってしまう。Wikiを開いても、どこが何を言っているのか理解できないし、Wikiに書いてあるアイテム名と画面上のオブジェクトが結びつかない。なんと情けない。
基礎ルールだけ覚えていれば最初のうちは勝てた。が進んでいくとそうもいかない。運の絡むゲームなのでそのとき引けるキャラによって組むべきデッキが変わってくるからだ。何もわからないしWikiすらよくわからなかったので友人にラジコンしてもらってようやく勝てた。なんと情けない! 友人がこのブログを読まないことを祈るしかない。
ここに挙げたのは極端な話ではあるが、正直『虚構叙事』『末日の幻影』あたりのステージごとのバフも理解してないし、そもそもどのキャラに対してどの光円錐(武器)を渡せばいいのかもわかってない。
つまらないとは思わない。でもよくわからないし、ちゃんとわかっている人に比べたら楽しめていないんだろうな、と思う。
音ゲーが楽しい
A Dance of Fire and Iceという音楽ゲームがある。国内のVTuberがこぞって取り上げたりRTA in Japanで披露されたりしたので知っている人も多いはずだ。「ワンボタンで遊べる音ゲー」をコンセプトにしていて、譜面はくねくね折れ曲がったコース。その角度がリズムに直結する。シンプルだが、これをものすごいスピードで、急な角度で擬似的に同時押しを作って……とやっていくと、化け物みたいな譜面が現れる。
……まあさすがにここまではできないが。これを何段も何段も簡単にしたくらいの譜面を最近は遊びがちだ。
この手のゲームをじっくりやっていくのが、かなり楽しい。譜面自体はかなり複雑だし、求められる操作も複雑ではあるのだが、根幹にあるルールはシンプルに「ひたすらリズムに合わせてボタンを押す」くらいしかない。
音ゲーで言うとアーケード音楽ゲームのCHUNITHMも好きだ。あちらはA Dance of Fire and Iceに比べると操作は格段に複雑ではあるのだが、結局やっていることはリズムに合わせて押したり擦ったり手を振ったりするだけだ。シンプルでいい。
サンドボックスゲームも楽しい
別ジャンルではMinecraftも好きだ。あのゲームは複雑化の一途をたどっているように見えて、実はシンプルな遊び方も許容してくれている。最新バージョンに至っても、1.7.10の頃のような遊び方をしてもいいという安心感がある。無理してネザライト装備を作る必要はない。無理してエリトラを回収する必要はない。いいと思うのであれば、エンダードラゴンを倒す必要すら多分ない。
他にも、FactorioやDyson Sphere Programみたいな工場づくりゲームが好きだ。あの手のゲームは終盤こそ複雑だが意外と脳筋作業を許してくれる。生産速度が合わなくて何かが足りないとかが起こっても別にペナルティはないし、のんびり自分のペースでやれる。
難しいゲーム、複雑なゲーム
思うに、ゲーム自体の難しさというより、ルールの複雑さに対して苦手意識を抱きがちなんだと思う。簡単なルールの中で難しいことを要求されるのはわりと抵抗がないが、そもそものルールが難しいと尻込みしてしまう。
記事タイトルでも書いた通り、自分はIQが138あるらしい。いまどきになってIQと頭の良さを結びつけて語りたいというわけでもないが、それでもある程度人より複雑なことをこなせるのではないかと思っていたフシがあった。結果的には全くの見当違いだった。
「IQの高い人はシンプルなゲームを好む」とか言っておけばインターネットに嵐を巻き起こせそうな気がするが、さすがに良心が咎めたので比較的穏当な記事名にしておいた。
オアシスを拠点にしよう
娯楽が飽和している現代社会で良かった。流行りのメインストリームから外れて規模の小さいインディーゲームを漁るような偏屈な人間(※自虐)にも居場所がある社会で良かったと思う。思うが、それでもやはり寂しいというか、もう少し流行りの複雑なゲームに慣れられたらなとも思う。
頑張ってみよう。別に複雑なゲームだってできないわけじゃない。自分にとってはそれがまるでテスト勉強みたいに思えてしまうというだけで。気を抜きたくなったら自分の好きなゲームに帰ればいい。
適度に付き合う、という凡庸な結論に至ってしまった。読み物としてはつまらないことこの上ないが、普遍的真実だからこそ凡庸なのかもしれない。無理せずやっていこう。ゲームを嫌いにならないように。