Qman's Diary

多趣味人間の備忘録

2024-08-01

『天才少女は重力場で踊る』感想。Laplacianシナリオライターによる、王道ド真ん中の爽やかなボーイミーツガールSF

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小説・ライトノベル

個人的に注目していた小説『天才少女は重力場で踊る』(著:緒乃ワサビ)がついに発売されたので、早速読んでみました。

以下の感想にはネタバレが含まれますので、未読の方はご注意ください。

概観

本記事のタイトルにもある通り、本作は『王道』『SF』『ボーイ・ミーツ・ガール』です。SF、それもタイムパラドックスという古今東西で擦り倒された題材を扱った、王道も王道な物語です。

王道だからこそ、著者の実力が顕著に現れていると思います。ジャンルこそ違えど、ビジュアルノベルという世界でヒット作品を生み出してきた実力を遺憾なく発揮した作品でした。

細かい感想

SFと恋愛のバランスを取り、一冊の中にきれいにまとめ上げる技量

SF要素は主役の一つでこそあるものの、非常にシンプルなルールで構成されています。『閉じた時間のループ』や『重力場方程式の厳密解』など、一部難しいワードが出てくることこそあれど、本書におけるSF要素は(テキストや映像など情報のみの)タイムトラベルと、それが引き起こすタイムパラドックスのみです。

具体的には、時間を超えた通信を行うリングレーザー通信機について、以下の原則さえ知っていれば物語の大筋を理解することができます。

  • 通信機が起動した時点より過去には送信できない
  • テキストや画像、映像のみをやり取りできる
  • タイムパラドックスが発生した物は破壊されてしまう

少なくとも、ストーリーに関わってくるSF要素といえばそれくらいでしょうか。あとは全部ヒューマンドラマです。だからこそSFに馴染みがない人でも読みやすいですし、かといってSFを軽視して適当なことを書いているわけでもないので、矛盾に気を取られるということもなく読めるようになっています(リングレーザータイムマシンの理論自体は実際に存在するものなので、それもありますが)。ビジュアルノベルのシナリオを書いている経験が活きているのではないかと感じました。

得意分野で戦う、自己紹介のような作品

著者・緒乃ワサビ氏は、ゲームブランド『Laplacian』を率いています。ここでいうゲームというのはビジュアルノベル――要はエロゲというやつです。

現在、ブランド『Laplacian』は全年齢向けのゲームのみを取り扱い、アダルトゲーム系はすべて『PRINCIPIA』というブランドに移されている……ということになっているみたいです(PRINCIPIAの公式サイトは死んでいますが……)。本記事では混乱を避けるため一貫してLaplacianと表記します。

Laplacianの2作目である『ニュートンと林檎の樹』に始まり、3作目『未来ラジオと人工鳩』や4作目『白昼夢の青写真』(メインナンバリングから外れているらしい工口倫子は外して考えています)を見るとわかるように、Laplacian作品にはSF要素が多分に含まれる傾向にあります。そして、エロゲなので(?)同時に恋愛要素も含まれています。そういう『何か他の要素と恋愛要素を絡めて物語を作る』ことが求められるところでずっと書いてきた人なので、多分そういうのが得意なんだと思います。

Laplacian作品へのリスペクト?

Laplacianの作品をプレイしたことがある方はわかると思いますが、リングレーザーといえばやはり『ニュートンと林檎の樹』でしょう。『ニュートンと林檎の樹』では、反射率が1を超える鏡(!?)でレーザーをループさせて周囲を引きずり込んで時間を跳躍するタイムマシンが登場しました。

これが実際に『ニュートンと林檎の樹』のリスペクトだったのかは定かではありませんが、Laplacianのオタクとしてはテンションが上がるものでした。

まとめ: 自分は何のオタクなのか

一度読み通しておもしれぇ~と中身のない感想を吐き出し、何が面白かったのかを反芻していく過程で、緒乃ワサビ氏へのインタビューを見つけて読んでいました。ちなみにこのインタビュー、文量も熱量も巨大で、なおかつLaplacianの立ち上げのときの話なんかもあるので、エロゲの方のLaplacianが好きな人も読むと面白いかと思います。

そこでふと、自分が何のオタクなのかを考えさせられました。Laplacianのゲームが『面白い』のは当然シナリオライターの力ですが、Laplacianのゲームが評価されているもう一つの点としては、その音楽が挙げられるかと思います。(絵も当然良いのですが、ビジュアルノベルで絵が悪いということはあんまりない気がするので割愛)

個人的には『風の唄』(ニュートンと林檎の樹)『恋するキリギリス』『Into Gray』(白昼夢の青写真)が本当に好きです。どの曲も世界観に深く紐づきつつ、おしゃれさを併せ持っていて、聴いていて飽きが来ない曲です。

それだけに、曲や絵、声といったビジュアルノベルの要素を取り除いた文章だけで楽しめるのかという不安もありました。結果的に言えば、全く期待は裏切られませんでした。先述のインタビューにおいても、緒乃ワサビ氏がそもそもこういった文芸の世界を戦略的に目指してゲームでシナリオを書いていたという話があったので、文芸で書いてもウケが良いのはある種必然かもしれません。

このまま、文芸の著者たる緒乃ワサビ氏の作品を読んでいきたい気持ちもあるのですが、Laplacianというチームで制作された作品を遊んでいきたい気持ちもあります。インタビュー記事を見る限りどちらも期待が持てそうではあります。他に望むとすれば作詞家としての姿を見てみたい気持ちもあります。Laplacian作品の曲のほとんどは緒乃ワサビ氏によって作詞されていますし、何なら『架空の作品のOP』というコンセプトで作られた曲があるくらいなので……

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